自己顕示欲と表現欲とYシャツと私

宮川です。
ロマンスグレイになって冒険の人生
選んだとしても私はどこまでもついていくから大丈夫
みたいな歌詞がありましたよね。それだけで平松絵里さん大好きになりましたし、ゲストでお越しいただいた時にご本人にも伝えましたですもの。ああ、素敵な嫁はんだぁ、と。あ、いや、彼女ではなく、歌詞の中の女性がね。あ、これ「部屋とワイシャツと私」の話です。
俳優の自己顕示欲と表現欲ってどういう違いがあるのかは本人でもわかっていない人もたくさんいるようで、それが不思議です。自分は単純な自己顕示欲よりも表現欲の方が強くて、これまたなかなかわかってもらえないのですが、ああ、なんというのだろう、
作品を残すこと、発表すること、それはいわゆる、


ナンパ師が寝た女の数で悦に入れるようなものに近いかもしれないですけど、単純に芝居なら公演が出来たということで満たされるものがあるし、芝居に出たい!とか芝居が書きたい!とか芝居を演出したい!とは別に公演が打ちたい!というのがあるのよね。
いや、そんなことをふと思い出した次第です。今日はうちのスタジオで僕が立ち会いのもと、素敵なゲストさんのおしゃべりを聞いているうちに、ああ、人の幸せってどんなことなんだろう? 人の幸せは物差しが決めるし、その物差しを変えるお節介をしてみてもいいのかぁ、なるほどなぁ、俺は今、幸せかなぁ、なんて考えた覚えがありますよ。
「開幕ベルは華やかに」の有吉佐和子は『役者なんて自己顕示欲の塊ですからね』と一蹴していたが、そうかどうかは微妙。なんでも出ればいいって人もいるけど、そうでない人もいる。
佐藤愛子さんのお母様(佐藤紅緑の奥様三笠万里子ね)が女優で、やりたい演劇にばかりこだわっているうちに結婚して舞台を離れたことをぼやいていたと愛子さんのエッセイにあった。もちろん「食えるようになりたい」とか考えると何でもでりゃあいいんだけど、出たくないものまで出たくない人もいるだろうし、とにかく演技してれば何でもいい!という人もいるでしょう。「美味しい仕事」ばかりを追い求める打算的な人もいれば、設計がしっかりしすぎているためにまるで首尾良く行かずに「あらら」という役者も数多くいるはず。
悪いこっちゃないと思います。

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