(1+1)×2無事終了しました。

宮川賢です。(1+1)×2、無事終了しました。ありがとうございました。いい年齢になってくると、いつでも出来る、いつでも会える、という感覚が非常に甘い考えだと気づけるようになってきます。それは人や物事との別れを何度となく経験するからかもしれません。

いずれまた一緒に出来たらいいなと思う役者さんに改めて時期が来たからと連絡をしてお誘いすると既に誘える状態ではなくなっていたりする。
「もう東京にいないのです」
「就職したので休みがとれなくて厳しいです」
「病気になり実家で療養しているんです」
「結婚して芝居をやめました」
「彼のDVが激しくて、それどころじゃなくて」

舞台に立っているのは選ばれた人間であり光と影の「光」の部分。
奈良俊介さんが4月に青森での生活を始めるそうです。去年の「トラックと海」の打ち上げで聞きまして。ああ、稽古中に言わないでくれて助かったと思った記憶。レギュラーの仕事が東京にあるのに、出演する映像作品が既に決まっているのに。熟慮の決断は勿論正しく他者が物申す要素は皆無です。

ただのアトリエ公演の一つかもしれない(1+1)×2ですが、僕にとってはこれまた節目です。自分も奈良さんの選択した要因と似通った事象に直面しているからです。

芝居は食えないからよしなさい、と親に言われた事は役者なら誰でもあるでしょう。食えなかないですよね。仕事選ばずに何でもやれば。でも大抵の役者は「何でもやりたくない」ですから。「開幕ベルは華やかに」の有吉佐和子先生は「役者は自己顕示欲の塊ですから」と一蹴していたけど、そうでもなく。そうじゃない役者もいるから「芝居は食えない問題」が出てくるワケです。出たくない作品は出たくないし、やりたくない奴とはやりたくないでしょう。出来ればこういうのをやりたいというのがあるし、どうせならこういうのに出たい!というのもある。役者としての設計を持つから食えないワケです。ですが、それは、言ってみれば「芝居をやめた元役者」たちが皆気骨ある俳優だったことの証明でもあるし、実際そうだと思う。時代は移ろい、テレビに出ると安くなるから出ないと考える映画俳優ばかりの昭和の良き時代から、集客出来ないからテレビ出なきゃ、になり、更に「バラエティ番組でガンガン告知してくれる」は必須に近い条件にまでなってる。やりたくないことはやりたくないんだし、食えなかろうとそれでいいのだと思うけど、やっぱり親は心配するし家族は迷惑だよね。それの影響をどれだけ受けずにいられるかという才能が必要になってくる。

奈良さんは芝居をやりたいと思っているし、僕はこれからも誘う。どうしても出来なきゃ僕が青森に行って稽古して芝居を打とう。青森に両親がいるセキュリティ木村にもリサーチ指示出したし。宮川賢のまつぼっくり王国でも「青森で公演打てる所教えて下さい」ってフリートークやたら喋っちゃったし(近々放送/聞いてね)。公演期間中、大塚の空蝉橋の綺麗な桜を観て思っていた。花に嵐のたとえもあるささよならだけが人生だ。だが、さようならは中国語では再見って書くのだよね。

投稿者: 宮川賢

宮川賢と申します。人は権力を持つとどうして威張り出すのかは未だ理解出来ないす。威張れる立場にあるから威張るのだとは思うけど、それを喜べるのはさもしいよ。

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