まるで気持ちの整理がつかないことですが。

長きに渡ってビタミン大使「ABC」の照明をプランとオペレーションを担当して下さった日高舞台照明の清水利恭さんが他界されました。
先ほど、モックサウンドの水越さんよりご連絡を受け慌てて折り返して訊ねた所、どうやら本当のようで一昨日逝去されたそうです。心よりお悔やみ申し上げます。
日高照明の方に話を伺っても、信じられず、まだまだ不安定な気持ちでおります。旅先での交通事故ということでそちらで葬儀もすまされたようです。遠くでもお別れには行きたかったのに、と思いつつ、でも関係者の方々が気を遣って下さって、連絡しなかったそうです。
清水さんは、今いるどの劇団員よりもつきあいが長く、僕の芝居のほとんど全てに携わって下さった照明家です。20代の時から清水さんは、無言の仕事で僕を元気づけてくれました。打ち合わせをすればいつも能動的に芝居のグレードを上げようと色々な提案をしてくださり、いつもお金がない僕らを相手に、演出家としての僕の注文をなんとか具体化しようと努力をして下さいました。


「じじじい」というザ・スズナリでの作品ぐらいからなので、本当に清水さんと過ごした期間が長く濃密に感じます。稽古はシンドイし、いつも公演直前だとヘロヘロになっているし、芝居のデキが悪くて難儀していても初日は近づく。体調も崩しつつ、でも幕は待たない。そんな中、清水さんと打ち合わせをすると、いつも元気になれました。仕込み日に日高照明の皆さんが声を飛ばしてシュートをしてるだけで僕は落ち着いていられた。
芝居以外の公演でも色々お世話になりました。コント公演は勿論、外部で立川志の輔さんの興業で僕が書いた時にも照明を頼みました。高座なのでスッキリしたまま灯体を見せずにホンの少しだけ何かやって下さい、という無茶な注文にもしっかり応えて大黒の裏当てで不思議な効果を見せてくれました。
旅館が舞台の「ニュー銀山閣~」の公演の時は、清水さんの奥様の実家から浴衣を貸して下さって、照明さんなのにそんなことまでして頂いて、ととても恐縮した覚えがあります。
僕が出ていたテレビ番組のセットが四方真っ赤で、それなのに演者にハレーションで顔を赤くせずに綺麗な肌色を当てる技術について書かれていた照明の雑誌を見ていた勉強熱心な清水さん。
3・11の後は「世の中がこんなに節電に躍起になっている時に、自分はなんて因果な事をしているのだ」と苦悩していた清水さん。
清水さんが担当できなかった公演で僕が事務所に台本を届けた話を聞きつけて「宮川さんにそんなことさせてちゃダメだっ。うちは何をやってるんだっ」とものつくりにおけるスタッフの立ち位置を強く意識して下さっていた清水さん。
回路図下さいと僕が言うといつも綺麗に清書した回路図をコピーしてくれた清水さん。
バイク好きだった清水さん。いつも眠そうだった清水さん。なのに芝居になると集中していた清水さん。さようなら。
まだお墓参りもしていないし、日高さんとも話せてないから、まるでピンときていないけれど、でも、きっと、もう一緒に芝居は作れないんですね。
残念だし、悔しいし、本人にも会えないままお別れなんて切ないけれど。
でもきっとどこかで切り替えて僕らは立ち上がるのだろうけど。だけど。だけど。

“まるで気持ちの整理がつかないことですが。” への 1 件のフィードバック

  1. これを読んだら眠れなくなりました。
    突然逝ってしまった大事な人達を思い出して・・

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