アナログへ。郊外へ。

都会の方が情報が集中して住むには便利と言いますね。
デジタルの方がアナログよりも情報整理に便利と言いますね。
なのに最近、加齢により逆行している自分がおり。


僕の親は夫婦で吉祥寺に住んでおりまして、僕はどうしてそんな大都会に?と思ってそういう話をしたことがありますが、父は「あー、お前(僕)は高円寺で生まれて育ってずっと東京だからそう思うのかなぁ」と。父親は北海道大沼の生まれ育ち。あんまりゴチャゴチャした街が嫌ではない様子。
それに比べて僕は、どんどん「広い」所に行きたくなって。広いっていうのは、ほら、東京でも、下北沢にアパート借りてた時は「あー、またここに住みたいなぁ」なんて思ってた癖にものの数年経ってシモキタに行くとゴチャゴチャしすぎてて「絶対ムリー!」と思う。練馬の隅っこに今は住みますが、どこかへ出かけるのは「下り」方向へ行きます。北の埼玉へ、西の田無へ。「上り」方向は「仕事」でしか行かない。新目白通りなんて「出勤」の象徴なので、なるたけ通りたくない。大塚のこの会社兼スタジオ兼稽古場に来るのだって、わざわざ「小旅行」感を出したくて川越街道でいつも行き来しています。
自分は生まれ育った家があるのにない為に……正確には、建物はあるけど別のご家族が住んでいる……、それが寂しくて、今ある家は絶対に売らずに(喰うに困れば別でしょうが)、子供が巣立った後に正月など戻った時に「ああ、懐かしい」と思って貰えるようにしようと強く誓ったのですが、もはや50歳を前にして、既に「もっともっと田舎に引っ越したいなぁ」とか、東北に住みたいなぁ、とか沖縄に住みたいなぁ、とか海外移住もしたいなぁ、とか色々と考えております。つまり、今の環境でさえ「都会っぽさ」が嫌になっている、という。
そしてデジタルですが。かつて「デジタル説教オヤジ」としてスカパー!のテレビ番組にも出ていたぐらい、僕はパソコンだとかデジタルものが大好きでした。今も大好き。なのに、震災での「電気を空気のように考えるのをやめよう」ショック以後、アナログに逆行してる自分がいます。
一番は、ノートを使って、手書きで仕事をする。大抵の仕事はどうしても、パソコン入力なんですけどね。大体、僕が中学生に入学する時に祖母に「何が欲しい?」と問われて、洋画で見た「タイプライター」と答えて買って貰ってパチパチやっていた子供ですよ、僕は。中学1年生なのに、英語の教科書をパチパチ入力してその入力した紙を使って勉強をしていたよくわかんないガキですぜ。それはそれはその頃から「ブラインドタッチ」が出来ている為に、ワープロが発売になった時もすぐ使えて(父親が買っていた)、パソコンが出来てもすぐに入っていけた。今もこうして入力するのはとても早いし楽。
sub24.jpg実際に、原稿や台本を送るにはパソコンでなければならないし、この文章だって、手書きで書いてから入力はしていない。大体、ブログに下書きも推敲もしない。
芝居の取材で調べた事や箱書きを作る上で必要な要素を「ロジックツリー」で考えたりする為のソフトが沢山あるので、一太郞も含めて、大抵はPC上で出来てしまい、これまではそうしていた。とっても便利。紙がいらない。ってね。でも、紙を使わない事よりも電気を使って仕事をすると「目が痛い」事に気づき、ノートで作業をするようになりました。
万年筆でカリカリ書いて、台詞を入力する時に初めてPCに向き合う。手書きだと「頭に入る」し、「漢字を思い出す」し、いいですね。何しろ、どれだけ「ノートを見つめていても」目が痛くならない!そのアナログ感覚の素敵な部分を再確認して、ある時期を境に自分が時代に逆行しているような事に気づきました。
ショットノート(画像)とかデジアナ文具が流行っている昨今ですから、トレンディっちゃあそうなのかもしれないけど、自分では「年を取った」という事なのだろうなあと、片付けることにします。

今日の一曲、マルーン5で「ペイフォン」!
ではまたっ★☆さて、移動だっ!

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