非常に公演が打ちづらい状況にあります

コロナの影響を受けて。

やりづらい

アトリエ公演なるものはフットワークの軽さが持ち前であり、スケジュールに振り回される事無く自由な選択肢を求められるが、それ故にそう易々と「今は」やろうと言い出せませんで。つまり、2~3年前からずっと押さえている(つまり内金を支払って契約している)劇場のスケジュールであれば、「やる」という選択肢も当然あるし、「やらない」のであれば、キャンセル料はどうなる?劇場側が負担してくれるのですかい?なんて踏み込んだ話になっていく。キャンセル料発生するのね?じゃあ、やるよ。いいのね?みたいなやりとりだろう。

K-1観戦者の中に感染者予備軍の発熱患者が出たらしい。これをそらみたことかといえるのか。状況はとても苦しい。イベント会社は軒並み大ピンチ。

そもそも、助成金システムなんてものに、「(浅利慶太曰く)芸術の家畜化」にされては堪らんという考えのもと、自分の食い扶持をある程度確保した上で演劇に臨もうという姿勢であったが(それにより劇団員に苦労をかけたが)、それにしても、やはり第三次産業の範囲内での仕事なので(つまり結果的に分散投資にはなってない)、やってる仕事(ラジオ番組制作とか)のいくつかがコロナの影響により頓挫した。うぎゃあ。

劇団員は大変だなぁとか呑気な事を言ってる場合ではない。さあどうする。いや、どうにもならないので静観。じっと耐える。

だが、これはそろそろ痺れてきた。芝居作りたい。困った。まさか、「やりたい時にやれるように」創作フェイズを移行させたことが、こんな形で自分を苦しめる事になろうとは。

保証?

だが、やる人はいる。それぞれの考えだ。というよりも、新型コロナウイルスについての正確な知識をどれだけ持っているかの違いに因る部分も大きいように思える。

「自粛させるなら、保証してよ」

と言い出した家畜たちがいる。ブーブーブー。それも解るし仕方ない。それをさもしいとも思わないし、自分も貰えるなら欲しいと思う日も来るだろう。これが続けばきっと。しかし、ある程度自分は潔くありたい。それは、「自粛してよ」は政府の働きかけであって、そんなん言われなくても倫理的に自粛すべきでしょ?って話だからだ。

もっと言うならば、農業は台風で作物を一気にぶっ飛ばされる。漁業はシケだなんだで痛手を喰う事がある。つまり、どんな業態にもリスクがあるワケです。ブーブー保証を求める人達の中には「津波のリスクを計算していなかった東京電力が悪いじゃないか」と言っていた人もいる。コロナは演劇においては「想定外のリスク」であったことは間違いない。だが、だからといって、それを倫理的に中止することに保証を求めるのは違う。

そもそも、これまでもずーっと文化に金を出さない国なのだから、そんな時に「ああ、出そう救おう文化は大事」そんな事を言うワケがない。助成金だって下りやすさを考えて演目を決める残念な組織も多い。

リーダーシップ

強いリーダーシップで株を上げた人たちが何人かいる。北海道の知事と大阪府知事だ。機を見て敏。なんとも頼もしい。非常時に「そいつが頼りになる奴かどうか解る」というのはまごうこと無き真実だった。それに比べて東京都。ええと、小池知事でしたっけ。いえ、頑張ってます、きっと。それを伝えるのが苦手なだけ。と思おう。

日本の嫌いな所に「多数決文化」がある。大勢の評価があるものが良しとされる。それって誰も責任持ってないってことだからね。企業もトップダウンでバシッと決めて貰った方が個性が出て良い。なのに、みんなの承認が得られれば、なんてやってると矮小した変な案しか通せない。

強いリーダーシップが求められる。それは中止をするか否かにおいても然りだ。演劇界では、去年の夏の台風15号や19号の時にもその苦境に立たされた。早く決めるべきだった、という公演もあっただろう。確かに怖い。だが、「(映像を流すとかではなく)そこでやる」以上は出来ない場合も想定せねばならず、その時にスタッと決めなければならない。

その興業の責任のよりどころが一人に集約されていない場合、「やりましょう」となっているケースが多いように思える。例えば、プロデューサーがいないライブや公演。責任者がいない若い劇団が合議制で決めてたりする場合。だが、最終的な責任は「一人」に集約されるべきだし、その人が全ての決定権を持つべきだ。

そして、その人が決定した事は、メンバーから猛反対を食らう事もあるだろうし、それにより袂を分かつことに繋がる事もあるだろう。それでも強いリーダーシップはどこにも必要で、それを大阪と北海道が示した形だ。

団塊の芝居

団塊の世代は、要は終戦後にセックスをしまくって産まれた子供たちの事だ。

コロナに一区切りがついたら、その頃の男女のように演劇人は芝居を「ヤリまくる」のだろう。延期した五輪なんか見もしないでヤッてヤッてヤリまくるのだろう。

その時まで、今はひっそりジッとしてる。芝居の稽古中でもないのに、口内炎が出来るけど。

芝居の稽古中でもないのに、下痢しちゃったりしてるけど。

芝居の稽古中でもないのに、寝苦しい夜を過ごしている今だけど。

僕たちは、今はひっそりとジッとしてる。

それは苦労でも我慢でもない。当たり前の事だ。何故なら「そういう非常事態」なのだから。それを苦労と称するのは倫理に悖る。

なくなった方がいる。しかも沢山いる。感染して恐怖におののく人が今も隣の病院にいる。公演が打てない自分を「被害者」と思うのは大間違いだ。

保菌してると思い

今のあるべき立場は、発熱していなくても、「今の自分は既に保菌しているのだ」と思うのが丁度いいのではないかと思っている。

伝染しかねないので、老親に会いに行くのを控える、であり、マスクを必携。手をよく洗い、しっかり眠り免疫力を上げる。無茶な労働時間は避け、寒い思いをしない。規則正しい生活をより心がけるべし。

白鵬は無観客の中で強い横綱らしさを見せつけた。メッシもチャビも家でトイレットペーパーをリフティングし。ヒルナンデスもさんま御殿も観覧者なし。

病気に、被害者も加害者もないのだから。

投稿者: 宮川賢

宮川賢と申します。人は権力を持つとどうして威張り出すのかは未だ理解出来ないす。威張れる立場にあるから威張るのだとは思うけど、それを喜べるのはさもしいよ。

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