今日は、稽古がありません。休みにしました。急務で直すべき所はなんとかした。他は、台詞をカッチリ入れて貰わないと出来ない所なので、今、ガタガタしても仕方ない。この辺りの時間配分も、最近は潔くなってきた。みんなで出来てない人につきあうような稽古の仕方は諸々の弊害を生むので、局部的に切り捨ててでも組織内調和を保つ事を優先させたい。
ということで、まーいっか。と。
さて。ふと思ったのは、どっちがいいのか?ということ。
僕は、芝居を作るにあたり、一般的な感覚を味わえないと観客の感覚を再現できないだろうから、という理由で、初体験をなるたけなくそうと、一般的な人がやることをやってきてみた。ゴルフ以外。
結婚もそうだし、家族を養うなんてことも、そういうことが理由。子供を作るのも、親の気持ちがわかるようになりたいからそうしたし、ローンを組む、とか、株の売買も多少はやってみた。パチンコとかもほんのすこし。車も買ってみたし、旅行とかもいってみた。
でも、とはいえ、根底には、人と違った物の見方ができなきゃいけない、という部分があり、突飛な発想がデフォルトになきゃいけないし、どんな常識も疑う好奇心が必要。
なんだけど、最近になって思うのは、ラジオをやっていても思うことだけど、逆に「変な発想」とか「人と違う着眼点」なんていうものは「果たして必要なのか?」と。そういうのを必要としない世代に入ったのかな? と。たまに思う。それは丸くなるとかそういうことではなくて。
同世代の人たちが作っているものを見たり聞いたりしている中で、痛烈に感じる事が多々あり。
うーん。と。ま、そんなこと言われても、自分の目指す方向を曲げようとは思わないけどね。
しっかし、今回の稽古でも思うことだけど、世の中には沢山の魅力的な役者がいるなぁ、ってこと。もっともっと芝居を作りたいなぁ、と切に思う。出会いとタイミングもあるしね。また、一度一緒に芝居をやった人のその後の活躍もなるたけ見ていたいと思う。あんまり行けないけど。顔つきとかが変わってて面白かったりするんだけどね。
芝居は楽しいから、役者たちにはイッパイ色んな公演に出て、自分をキュッキュと磨いて欲しいと思う。
で。たまーに放送局とか劇場の客席とかで会って「おーっ」ってな感じでも十分繋がっていられる。
さて。今日の一曲。
僕が最近、疲れて寝付けない時に(酒に頼らず)聞いてる2枚組のアルバム「C大調的城」。ヒーリング効果あるよ。